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所長のひとりごと。バックナンバー

第22回 隴頭一孤月~小野篁とみちのく~

2022-03-16
 当センターの展示室には、悪路王首像の後方に、小野篁(おののたかむら)が詠んだ漢詩のパネルがあります。篁といえば不思議な伝説で彩られた平安の都人ですが、彼と古代陸奥国にはどんなつながりがあったのでしょうか?
 篁と陸奥との関係は、彼の少年時代に遡ります。弘仁6年(815)、父の岑守(みねもり)が陸奥守に任命されると、篁はその赴任についていくことになりました。篁は延暦21年(802)生まれなので、数え年で14歳の時のことです。父の岑守は文学に優れ、嵯峨天皇が厚く信頼する人物でした。勅撰漢詩集である『凌雲集』の編纂に携わったほか、『文華秀麗集』や『経国集』といった漢詩集にもその作品が収められています。岑守が都を離れる時には、嵯峨天皇や空海と詩のやり取りをしています。
 岑守の陸奥での事績としては、弘仁8年(817)に、反抗したエミシを説得して降伏させています(『類聚国史』同年7月壬辰条)。「文章経国(もんじょうけいこく/国を治めるのに文学を重んじる)」の思想が広まり、徳治主義的・現実主義的な政治を目指す「良吏政治」が標榜されつつあった中、岑守はその中心にいて、実践に努めたようです。もっとも、それだけでなく、エミシが降伏した背景には、律令国家からの圧力があったことも忘れてはなりません。

 父が陸奥での仕事に励む中、篁はというと、東北の自然の中でのびのびと生活していました。特に乗馬にハマっていたようです。父の任期が終わり、京に戻ってからもしばらくは学問に取り組みませんでした。しかし、嵯峨天皇は、あの岑守の息子が弓馬の士になってしまうのではと嘆きます。そのことを知り、己を恥じた篁は、勉学に励むようになります(『日本文徳天皇実録』仁寿2年12月癸未条、小野篁薨伝)。
 その後にもう一度、篁は陸奥と接点を持つことがありました。承和9年(842)、かつての父の仕事を受け継ぐかのように、篁は陸奥守に任命されました。しかし、この年の8月、篁は皇太子の指導役である東宮学士に急遽任じられます。その背景には、同年7月に発生した政変、承和の変の影響がありそうです。結局、この時は陸奥に赴任せずに終わったのでしょう。
 それでは、当センターで展示している篁の漢詩を紹介します。その詩は『経国集』に収録されており、まずは書き下し文を掲げます。


 反覆は単于(ぜんう)の性      辺城未だ兵を解かず
 戍夫朝に蓐食(じょくしょく)す   戎馬暁に寒鳴す
 水を帯びて城門冷やかなり    風を添へて角韻清し
 隴頭(ろうとう)一孤月        万物の影云(ここ)に生ず
 色は満つ都護の道        光は流る佽飛(しひ)の営
 辺機侵寇を候い         応に驚くべしこの夜の明らかなるに


 この詩は、文章生(もんじょうしょう/大学で歴史・漢文学を学ぶ学生)の入試試験の作詩問題で、「隴頭秋月明らかなり」という題を与えられて作ったものです。篁は弘仁13年(822)の春に文章生試に及第しているため、その時のものと思われます。となれば、21歳の時の作品です。
 詩の題材は古代中国の辺境部です。隴頭とは中国甘粛(かんしゅく)省にある隴山のほとりのことで、単于とは匈奴(きょうど、北方の遊牧民)の王、都護は辺境の警備・統治官を指しています。篁は辺境の情景と緊張感を鮮やかに歌い上げました。
 しかしながら、篁は中国に行って現地を見たわけではありません。そこで、この詩を作るにあたり、少年時代に見た陸奥の城柵の姿をオーバーラップさせたのではないでしょうか。しかも実は、かつて嵯峨天皇が同じ題で詩を詠み、父の岑守がそれに和しているのです(『文華秀麗集』所収)。その岑守の詩の第1句は「反覆す天驕の」で、篁が父とその作品を意識したことは間違いありません。そんなこともあってか、センターのパネルには、こんな風にアレンジした訳を掲載しています。


 服しては叛く蝦夷の働きに        北辺の城の守りは息(やす)まらず
 つわものは朝餉(あさがれい)にも心和まず   暁の寒さは馬の睡(ねむ)りすらおこす
 川面に立つ霧は城門を冷たくぬらし    角笛の清烈は風にのり漂う
 ほの白い月影は城の大路に輝き      その先はつわものの営舎へと流れる
 機をうかがい まつろわぬ民々も     この秋の夜の明るさに何を想うや



(今回の文章は、学芸員の大堀が担当しました)※禁無断転載

〈参考〉
『新編日本古典文学全集86 日本漢詩集』小学館、2002年
金原理「小野岑守考」『平安朝漢詩文の研究』九州大学出版会、1981年、初出1973年
小島憲之「隴頭秋月明らかなり―萬葉学会みちのくの旅補注―」『萬葉』128、1988年
後藤昭雄「小野岑守小論」『平安朝漢文学論考』桜楓社、1981年、初出1979年
■常設展示室観覧のご案内■
開館時間 9:00~16:30
     (最終入館16:00)
入館料 一般 300円
    小・中・高校生 無料
    (団体15人以上は半額料金)
休館日 毎週火曜日・年末年始
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