アテルイ

所報28~33号 シリーズ「阿弖流為」より抜粋
前所長 伊藤博幸

アテルイとは?

阿弖流為(あてるい)は今から約1,200年前、現在の奥州市水沢区付近で生活していた蝦夷の一人です。
当時『水陸万頃』と言われていたこの胆沢地方と蝦夷を統治したい朝廷軍との戦いがありました。その中で阿弖流為は蝦夷のリーダーとして勇敢に立ち向かった人物です。

阿弖流為という名は『続日本紀(しょくにほんぎ)』、『日本紀略(にほんきりゃく)』という古い文献2冊にそれぞれ1度登場します。
『続日本紀』では、延暦8年(789)、巣伏村での戦いで朝廷軍に大勝した時のリーダーとして書かれています。
しかし、この戦いを含めた幾度もの戦いで朝廷側でも多くの犠牲を強いられていました。

『日本紀略』には延暦21年(802)、阿弖流為は仲間の母礼(もれ)と共に征夷大将軍だった坂上田村麻呂の下に降伏し、都へと上ります。
田村麻呂は朝廷に2人を故郷、胆沢へ返すよう進言しますが聞き入れてもらえず、旧暦8月13日阿弖流為と母礼は河内国椙山〔現在の大阪府枚方市〕で処刑された、と記されています。

このように阿弖流為については彼の最期こそわかるものの、いつ生まれたのか?どのように育ち、どんな人物だったのか?という詳しいことについては蝦夷たちが書いた文字資料がなく、また朝廷側が書いた資料で、現在残っている資料はとても少ないため、わからないことがまだまだ数多くあります。